<a href="/graduate/">卒業生インタビュー</a> 杉平真奈美

卒業生インタビュー

授業だけじゃないところの経験や、実践を積むことができました

杉平真奈美

スターダス・21所属

【主な出演作品】
外画:「マイケル・J・フォックス・ショウ」(イブ・ヘンリー役)
アニメ:「クロムクロ」(宇波茉莉那役)「バービーと伝説の馬」 (ステイシー役)
ゲーム:「龍が如く0」(キャバ嬢ユキ役)

プロフィール:
1991年 広島県尾道市生まれ
2010年10月  声優・俳優科 声俳基礎クラス入学
2013年3月  声優・俳優科 声優実践クラス卒業
2013年4月~2017年 プロクラスに在籍

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杉平真奈美さんは、2013年3月に映像テクノアカデミア声優・俳優科 声優実践クラスを卒業して、声優事務所のスターダス・21の所属となりました。
今回、映像・広告クリエイター科の半田さんにインタビューをしていただきました。なぜ、半田さんがインタビューをすることになったのか?実は、2013年の2月から3月にかけて、声優・俳優科生徒募集のポスターの広告コピーを書いたのが半田さんでした。半田さんは、このポスターを作るため何度も声優・俳優科の授業を取材して、プレゼン公演も見学しました。半田さんが考えたコピーは
「1分間のプレゼンに、3年間を捧げる。」
というもの。3年間、声優・俳優科で学んで、見事プレゼン公演を経て事務所に所属が決まった杉平さんのインタビューです。



早速ですが、まずは杉平さん自身のことをお伺いしたいのですが、ご出身はどちらですか?

広島の尾道です。



尾道で有名なものは何があるんですか?

尾道で有名なのは、「時をかける少女」という映画です。



杉平さんの家族構成や、住んでいた実家について教えてください

家族は父、母、私、大学一年の弟と高校三年生の妹がいます。父はトラック運転手をしていて、母はパート勤めをしています。
弟は小説家かライターになりたいみたいです。弟や妹と一緒にいると私が一番年下に見られます。
実家はすごく田舎で、イノシシとか出るんですよっ(笑)。駅までは車で20分、自転車だと40分かかります。



そんな環境で育った杉平さんは、幼少時はどんな子どもだったんですか?


体を動かすことが好きで、走り回って遊んでいました。近所にあまり人がいなかったので、幼稚園は1クラス18~19人でした。小学校は幼稚園と同じ敷地内にあったので、幼稚園で過ごした友達がそのまま小学校に上がったので、クラスメイトは変わらなかったです。
よくした遊びはフットベースボール(バレーボールのようなボールを転がして、それを蹴って遠くに飛ばすキックベースのような遊び)とかごっこ遊びとか。わんぱくだったけど、人前に出るのは嫌でしたね。一段高い所に上るだけでも嫌で...。
今、こうして人前に出ることに対して周囲の人が驚いているぐらいなんですけど。



そうなんですか、意外ですね。その後、中学・高校では?

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そうですね。体を動かすことは好きだったので、仲の良い友達とバスケ部に入部しました。部活は練習が厳しくて休みがなかったです。うちの学校は地区大会では強い方でしたが、県大会にギリギリ行けるかどうかというぐらいでした。
高校へ進学する時もバスケをしたかったんですが、勉強が嫌いで行きたい学校に行くことができませんでした。入学した高校でもバスケ部には入部したんですが、高校一年で辞めました。



それまでは声優を目指そうとは思わなかったんですね。きっかけはいつだったんですか?


はい。声優を目指そうと思ったのは部活を辞めた高校2年生の時です。
きっかけは、「結界師」(けっかいし)というアニメを見て、主役の男の子の声がすごくカッコ良くて、面白いと思ったんです。そのことをクラスで一番仲が良い友人に話すと、その友人もたまたま小さい頃から声優がすごく好きだったみたいで、いろいろアニメのことを教えてもらいました。
私がカッコ良いと思った声優の方は、ガンダムにも出演していると聞いて見たところ、すごく面白くて夢中になりました。それまでずっと体を動かすのが好きだった私はアニメ自体をほとんど見ていないということも手伝ってすごくはまりました(笑)。



そこから声優への道を目指すことになるんですね。


はい。ただ、そのとき高校生活がまだ2年ほどあるので声優を養成する学校に通うことは無理だし、今できることをしようと思って、演劇部に入部することを決めました。
今まで自分は運動部に所属していて、部活とは汗を流すものという思いが強かったので、文化系の部活に入部するのが嫌でした(笑)。だからクラスで仲が良い友人を連れて「すぐに辞めるかもしれないけれど」と言って入部したんですが、のめり込んでいきました。(笑)



演劇部に入部されたということですが、小学生の時は人前に出るのが嫌だったと言っていましたが、そのあたりは大丈夫だったんですか?


そうなんですよね(笑)。
人前に出るのが嫌だったんですけど、とりあえずやってみようということで入部したので、そのことは考えていなかったです!でも演劇部は楽しかったです。
入部してすぐに学校の文化祭の公演があったので稽古をしました。内容は、演劇部のストーリーで自分は後輩の役でした。セリフは先輩後輩関係なく平等に与えられたので、私もセリフを与えられて覚えたんですが、最初の公演でセリフが全部飛んじゃって...。幸い私は先輩に謝っているというシーンだったので、先輩がフォローしてくれて事なきを得ました。舞台が始まる前はすごく緊張するんですが、舞台に出たら反応が返ってきて楽しかったです。



高校時代を演劇に費やしたということで、進路については卒業後は声優を目指すことで気持ちは固まっていた?


はい。演劇部の顧問は担任でもあったんですが、声優の道に進むことを止められることも特になかったので、いけるだろうと。具体的にどのようにするのかは考えていなかったんですが、卒業後の10月から学校に通うことだけは決めていました。担任からは引越など費用がかかるからお金を貯めた方がいいと言われて、半年間で100万円を貯めることを決意しました。


半年で100万円?ものすごく働いたんじゃないですか?


そうですね、死ぬほどアルバイトしました。
早朝からお弁当をつめる仕事と「すき家」の掛け持ちです。朝のお弁当のバイトは朝の4時~8時15分。それから8時半から18時ぐらいまで「すき家」でバイト。その後、高校卒業後も地元の人達と演劇をしていたので、夜の7時から舞台の稽古をするという生活をしていました。
睡眠時間が2時間という日々が続いて、あまりにも眠すぎたので、バイトで移動する時に原付バイクで3回ほど事故を起こすほどでした。さすがに危険だということで朝のバイトは辞めたんですが、8月には100万円を貯めました!そのときは、4月から同級生たちが進学するのを見て、自分自身焦りを持っていました。10月から学校に通えないと、翌年の4月まで待たないといけないから、それだけは嫌だと思って働きました。
このときだけは頑張ったって言えます!ここ自慢ポイントです!(笑)。



そして満を持して広島から東京に来たわけですね?アカデミアを選ばれた理由は何だったんでしょうか?


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実は上京しようと思ったのは、演劇部の顧問のアドバイスだったんです。私は大阪ぐらいまでにしようかと考えていたんですが、「仕事は東京に出ないとない!」と顧問から強く言われまして。
アカデミアを選んだのは、10月から通えるということと、基本的なことを学んでいないので基礎からできること。そして声優事務所の所属率が60%という数字に魅力を感じて決めました。上京してきて最初の頃はホームシックになって、親と電話した後は泣いてばかりでした。半年我慢したのでやっと勉強できるという気持ちで楽しみでした。



実際、アカデミアに入ってみてどうでしたか?


一人で話を膨らませるエチュードは苦手でしたっ。話を膨らませるのが苦手で、授業の前は考えないといけないから「うわーっ!」ってなったけど、やると楽しかったです。
進級するとクラスの人数が増えて、自分が演じる番がなかなか回ってこないことがあったんですが、先生は授業が終わってからも残って指導してくれました。あと、「日刊スポーツのTVCM」や「ショートムービー」(※映像・広告クリエイター科の卒業制作)に出演させてもらい、いい経験をさせてもらいました。



印象に残っている授業や印象に残っている講師、アドバイスはありますか?


頭の中でイメージしながら、ナレーションすることがすごく大事だということが残っています。アカデミアに入学した頃は、ナレーションをやったこともなかったし、全然楽しいと思わなかった。何が面白いのか全然わからなかったんですけど、矢島正明先生の授業で、初めてナレーションが面白いと思いました。
映像を頭の中に浮かべながらナレーションする、ということを教わりました。最初はイメージしてやってみてもしっくりこなかったんですが、続けていくうちに先生達の評価も変わってきて、自分ではまだよくわからないんですけど、違うんだと思いました。例えば「小田原~熱海間」というナレーションも、単純に言うのではなく、実際の距離をイメージしながら考えて言うだけでも違ってくる、といったこととか。



「プレゼン公演」のことについて伺いたいんですが。
(※「プレゼン公演」とは、声優事務所の関係者の前で実際にセリフやナレーションなどを読むオーディション。そこで声優事務所に所属できるかが決まる。声優・俳優科の生徒にとっては自分の進路が決まる大切なイベント)


「プレゼン公演」で自分が読む原稿は、「高校デビュー」という漫画の映画版の女の子のセリフと、アメリカ映画の男の子のセリフを使いました。
セリフは自分で見つけるんですが、決めるのが一番遅かったです。私らしさを考えた時に、「元気」「うるさい」「男勝り」「活発」だと思っていて、周囲とはそのあたりは一致していました。あと、男の子を演じてみたかったというので選びました。
そしてプレゼン公演本番は......。小さくまとまってしまいました。良い子を演じようとしていました。ただ、終わった時はやりきったという安堵感はありました。(涙)。



プレゼン公演が終わったあとは?


連絡を頂いた事務所へは二次試験を受けに行くんですが、今さらやれることは限られるので、できることを全て出そうと思い、私らしさや若さという武器を出しました。面接はニコニコして受けました(笑)。あと、プレゼン本番では縮こまっていたと先生方がおっしゃっていたので、縮こまったらダメだと思って、やりすぎなくらいで二次試験に臨みました。
合否までの間、事務所から連絡がないか?常にメールチェックをしまくっていたので、携帯の電池がすぐに減りました(笑)。連絡を聞き逃さないように着信拒否の設定を解除したので、迷惑メールがたくさん来ました(笑)。



そして晴れて声優事務所(スターダス・21)に所属されましたが、ご両親も喜ばれたんじゃないですか?


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はい喜んでくれました。父さんも不器用に喜んでいました。(笑)



アカデミアに入ってよかったことは何ですか?


アカデミアの良いところは、人です。
アカデミアで知り合った人から、芝居の誘いをもらって出演したり、映像・広告クリエイター科の卒業制作の出演とか、授業だけじゃないところの経験や実践を積むことができたのは良かったです。本当に自分は人に恵まれているなと思います。



今までアカデミアで学んできた杉平さんの武器は何ですか?


気持ちですね。技術的なものよりもまず気持ちです。アカデミアに入って心に毛が生えて、気持ちは強くなりました。緊張は今でもしますが、人前に出てしまえばというところはあります。



では最後に、今後についてこれからの抱負は?どういう演技をしたいですか?


メンタル面で強い人になりたいです。
演技については、こういう人になりたいという理想がなくて。でも、ある俳優が「こういう人になりたいということを決めちゃうのはもったいない」と言っていて、確かになりたい人を決めちゃうと自分の演技の可能性を失うなと...。なので、私はやれることはどんなことも全部やりたいです。



今日はお忙しいところありがとうございました。ご活躍を楽しみにしています。


【卒業生インタビュー 杉平真奈美】 声優養成所や俳優養成所をお探しのみなさま
映像テクノアカデミアの声優科では、演技基礎や発声などの基礎を学び、さらに吹替やナレーション実習・舞台公演などの実践も経験できます。 声優養成所・俳優養成所として、業界をリードする総合映像プロダクション「東北新社グループ」の完全バックアップにより、在学中に東北新社制作作品に出演することもできます。卒業後もプロクラスでさらに学ぶことが可能です。