<a href="/graduate/">卒業生インタビュー</a> 神田直美

卒業生インタビュー

経験を積んだり知識を増やすことで、一生熟練できる仕事=「映像翻訳」

神田直美

外画制作事業部 演出部・字幕課 課長代理

2000年3月 映像翻訳科・映画翻訳専科卒業
【作品歴】
代表作/[劇場字幕演出]…「SOMEWHERE」「三銃士」
[字幕演出]…「glee/グリー」「ホワイトカラー」 
[劇場字幕翻訳]…「オッド・トーマス 死に神と奇妙な救世主」「ロスト・アイズ」 [字幕翻訳]…「BLACKLIST ブラックリスト」「ローマの休日」「天国の日々」

今回は私、映像翻訳科学科主任の鈴木と、アカデミア在学中同期だった神田直美さんにインタビューしました。
現在、東北新社 外画制作事業部 演出部字幕課に入って14年目。字幕課の重鎮の一人と呼ばれ、課員はもちろん、制作部のスタッフからも頼りにされる存在となった彼女も、働き始めた頃は大変だったようです。


映像テクノアカデミアはどこで知りましたか?


通訳翻訳ジャーナルの広告だったと思います。



よく覚えてますね!自信がある?


自信あります。松浦美奈さんの写真が載っていて、古田由紀子さんだったかもしれないけど...。その広告に目を付けたのが最初です。



体験授業などは参加しましたか?


はい、参加しました。



どんな内容だったか覚えてますか?


たぶん原稿用紙を使って何かやった気が...。体験授業の内容はほとんど記憶がないんですが、面談は記憶があります。「みんながプロを目指してるんですか?」みたいなことを聞いた記憶はあります。



アカデミアに入る前は何をされてましたか?


OLです。機械メーカーの営業事務。



それがまたどうして映像翻訳を勉強しようと思ったんですか?


機械メーカーの営業事務をやっている時に、商品のことがさっぱり分からなくて(電気や機械の知識が必要なので)、 「自分が分かることをやりたい」「経験を積んだり知識を増やすことで、熟練できる仕事をしたい」と思っていました。 それができそうなのが、自分の場合「映像翻訳」でした。

大学生の頃にも「映像翻訳」には興味があったのだけど、戸田奈津子さんの本を読むと「大御所に弟子入り」みたいなことが書いてあって。そこまではちょっと... という感じでした。そこでまず、あえなく挫折。
それが社会人になって何年も経ち、身の振り方を考えている頃、「通訳・翻訳ジャーナル」を読んだら映像翻訳の専門学校が何校かできていることを知ったのです。
「学校に通うのならできる!」と思って、再び「映像翻訳」を目指しました。



他の映像翻訳学校にも通っていたのですか?

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はい、ダブルスクールをしていました。渋谷の松濤にある学校にも通ってました。でもメインは、アカデミアだと思っていました。



そのとき仕事はしていなかったのですか?


していなかったですね。1年目のときはまだ仕事をしていて、授業が週2日になった2年目に(昔、研修クラスは週2日授業でした)辞めました。



なぜアカデミア1本にしようと思ったんですか?



松濤の学校はドキュメンタリーがメインで、ヒアリングもやって、字幕もつける。それは無理だ!ってなりました(笑)。



なるほどね。(笑)


アカデミアはドラマの翻訳がメインで、生徒の雰囲気も違ってました。アカデミアの生徒は、例えるならば「キネマ旬報」を見てるようなタイプの人で、向こうの学校は「Time」を見てる人、要は通訳志向の人がいる感じだったので、自分にはアカデミアの方が合うかなって。それに東北新社は知っていたので、あの会社が作った学校だったら仕事に直結しやすいかなとも思いました。



そもそも、映像翻訳を志したのは、外国映画やドラマが好きだったからという方が大半ですが、神田さんのきっかけは?


映画やドラマは好きで見ていました。
子供の頃はテレビなので、吹替ですね。「大草原の小さな家」「チャーリーズ・エンジェル」「刑事コロンボ」とか。
VHSがレンタルされるようになってからは字幕ばかり。
俳優さんの生の声が聞こえるのが好きなんだと思います。字幕版は情報が要約されているので、「実際は何て言ってるんだろう?言ってることを全部知りたい」と思ったのが、映像翻訳に興味を持ったきっかけだったのかも。意識したことはありませんでしたが。
アカデミアに行こうと思った頃にハマっていたのは「Xファイル」ですね。キャラクターが好きだったので、「何て言ってるのか全部知りたい」。それが分かったら「自分で字幕を作りたい」と思ったのかな。

今でも字幕が好きですが、情報を要約したセリフでありながら、オリジナルのセリフを聞いた時と同じ反応をしてもらえるような字幕を作りたいというのが目標です。



ではそのために、ずっと英語は勉強していたのですか?


英語にはずっと興味がありましたが、英語そのものの実力はどうかというと、全然大したことないですね、残念ながら。
帰国子女や、留学経験がある人が多い今の世の中では特にです。だからこの仕事をするようになってから必死です。 今でも分からなかった所や間違った所は復習して、何が悪かったか確認するし、英語力の不足分は、勘や調べ物で補いながらやってる感じ。
「勘」っていうのは、何か流れがおかしいから間違ってるはずとか、状況からも考えるみたいなことです。もちろんそれに頼りすぎてはいけませんが。



時計の針をアカデミア在学中に戻して、当時の授業に関して伺います。アカデミアには、いろんな現場の方が講師としていらっしゃいますが、印象に残っている授業はありますか?


林完治先生が、「もう何日も納期が遅れていて、今授業している場合じゃないんだよ」っておっしゃっていたのとか・・・。授業内容はあんまり覚えてないです。けれど、先生があの時、こんなことを言ってたな・・・など、授業とはあんまり関係ないことをよく覚えています。
たとえば専科になってから、誰かが「卒業しても、もう1回同じコースを取れますか?」と質問したんです。そうしたら、「何度取ってもいいけど意味ないよ」と野口(尊子)先生がおっしゃったのをよく覚えてます。「仕事しなきゃ覚えないから意味ないよ」と。
また同じ専科ですが、講師の小寺(陽子)さんが、「私がここに来てるのは自分の勉強のためだ」とおっしゃったのもよく覚えてます。



それはどういう意味なんでしょうか?


「講師で来てるけど、教えるためだけじゃなくて自分が勉強になるから来てるんだ」という意味だと思います。それを聞いて、プロになっても、いつまでも勉強し続ける姿勢を持ってないといけないんだと思いました。



在学中、苦労したことはありましたか?


なかったですね。



まあ、神田さんは優秀でしたからね。


仕事を辞めていたので時間的にも余裕があったし、課題を仕上げるのに苦労した覚えはなかったですね。逆に週一回の授業ぐらいでプロになれるのだろうか?と、将来への不安はありました。



専科のクラス(鈴木と同じクラスでした)で、講師の野口(尊子)さんが、「参考訳は神田さんのを見てね」って言ってたのをよく覚えてます。


在学中はさほどでもなかったのですが、仕事をし始めてからすごく苦労しました。



東北新社への入社の経緯を教えてください。



卒業したときに、亡くなった島先生(当時の学科主任。鈴木もお世話になりました)から、外画制作事業部の字幕演出をする部署で、アルバイトを募集しているからやってみないかと声をかけられて。当時は仕事をしてなかったので、やってみることにしました。



確か学生のころはもちろん、字幕課で働き始めても実家のある静岡から通ってましたよね?


はい、新幹線で通ってました。東京は家賃が高いでしょ?ものになるのか分からないうちは、通勤費と家賃が同じぐらいなら、家から通おうと決めてました。



仕事を始めて長寿シリーズの字幕演出を担当したころ、忙しくて家に帰れなくなってウィークリーマンションに泊まってましたよね?仕事量としてはあのころが一番ハードだったのでは?


そうですね。まだ字幕課の人数も少なかったし、生活の場が会社でした。



字幕の演出とはどんな仕事ですか?またその魅力について教えてください。


演出は、翻訳者さんから上がってきたデータの解釈のチェックと日本語のチェック。誤字脱字のチェック、クライアントの仕様に合っているかのチェックがメインの仕事です。



「翻訳」とは違う「演出」のおもしろさってなんですか?


まずは、たくさんの作品を見ることができることでしょうか。翻訳者さんの話だと、テレビシリーズの60分ものでも(翻訳は)1週間かかると言ってました。演出をするなら、かけられるのは1日です。演出する作品は、かけもちですから、何作も見る。それに今では(自分では翻訳できない)他言語の作品もあるし、邦画の字幕もある。字幕課で扱っているいろいろな仕事に携わることができるのが一番の魅力です。



皆さんご存知ないかもしれないのですが、最近の邦画の作品の多くは聴覚障害者用の字幕を付けてますね。



それが日本語だから何でも聞き取れると思ったら大間違いで、なかなか手ごわいんです。聞き取れない箇所は何度聞いても分からない。知らない言葉はもちろん聞き取れない。
今までなんとなく分かった気でいたんだなということがよく分かります。



現在はどんな仕事をされてますか?


内容は字幕演出なのでそんなに変わってないですが、昔に比べて他言語が多くなりました。特に韓国語や中国語の作品ですね。以前はフランス語やイタリア語がたまに来るぐらいでしたが、今はシリーズとして他言語が来るようになりました。それに邦画の日本語字幕(聴覚障害者用)の仕事も当時はありませんでしたね。邦画の字幕も結構、楽しいんですよね。



最近は字幕課のスタッフも翻訳をする機会が多いですね。現在、神田さんは「BLACKLIST ブラックリスト」というシリーズの字幕翻訳をしてますよね。字幕の演出と比べて、翻訳の面白さってなんですか?



字幕なので、基本的に役者が言ってることは全部は入らないのが普通で、それを(まとめて)うまく入れられたり、(字幕の前後の)うまい流れがつくれたときはうれしいです。



いろいろな作品を翻訳したと思いますが、印象に残っている作品はありますか?


それほど本数はないです。特に私には恋愛ものの依頼がこなくて、人が殺される作品とかが多くて...。(間)最近、印象に残っていると言えば、劇場作品なのですが、「オッド・トーマス 死に神と奇妙な救世主」ですかね。翻訳したのは去年になります。最近、「字幕は読み切れなくてはいけない」と特に強く思うようになってきていて、自分の読む速度が落ちたのかもしれないんですけど(笑)、自分が翻訳する時も演出する時も、読み切れることがすごく重要だと思うようになってきました。



初心に戻った?


そう、初心に戻ったんです。一時期、(視聴者のために)「情報をたくさん出してあげたい」と思った時もあったんですが、今は「読めなければ意味がない」と思っています。今回、「オッド・トーマス 死に神と奇妙な救世主」の翻訳をした時、意識して字数を抑えたんですけど、劇場で観てみると「もっと減らしてよかった」と思う箇所もあり、自分はまだまだだと反省しました。やはり、初見の人の気持ちをもっと意識した方がいいと思いました。最近、別の作品を翻訳していて「ざっくり捨てて、筋を作る」というのが、少し分かったような気がします。



10何年目にしてやっとそこに戻ってきたということですね(笑)


そうなんです(笑)。アカデミア在学中、言われていただろうという話ですが(笑)。



どんな仕事へも果敢にチャレンジしていくその姿勢はどこで学んだものですか?


私はアカデミアに入学したときにすでに30歳ぐらい、もしかして過ぎてたかもしれないので...。



過ぎてたと思います。


(笑)はっきりとありがとうございます。スタートが遅かったので、ものにするためにはとにかく頑張らなければと思ってました。特に字幕課に入ってからは、周りに追いついていくので精いっぱいでした。
新人だろうが、他のスタッフと同じように仕事が振られていたのですが、スキルに雲泥の差があり、とにかくついていくのに必死でした。先輩たちが一日2本チェックするとしたら、自分は1本がやっと。動物の集団でいうと、完全に足手まといの存在。先輩たちの群れについていくのに必死だったと思います。



最初だけなく、その後もいろいろチャレンジしているように見えます。


休んだら立ち上がれないという恐怖感があるんじゃないですかね。危機感といったらいいかもしれないです。だからとにかく走り続ける。全力で。



今後 どんな仕事にチャレンジしていきたいですか?


今、字幕課でやっているような仕事は続けていきたいです。いろんな作品に携わることは楽しいし、人の翻訳を見るのはとても勉強になります。もちろん、翻訳も続けていきたいです。年齢とともに脳は委縮していくので(笑)、それを補う努力もしていきたいと思います。



昨年から専科の字幕も教えてもらってますが、どうですか?今までは単発の授業でしたが、専科は10人同じ学生を半年間、教えていただきます。


小寺さんがおっしゃった「自分の勉強のために講師をしている」という意味が、分かるような気がします。自分より英語力がある学生とか、日本語力がある学生、センスがある学生はいくらでもいると思います。そういう学生に出会うと、「自分も頑張らなきゃ」という刺激になります。


今日は、どうもありがとうございました。今後の更なる活躍を期待しています。




神田さんは、自分が先頭に立って仕事を進めていくこともできる人ですが、サポート側に回っても力を発揮できる人。鈴木も字幕課にいた頃、ずいぶん助けてもらいました。神田さんと話していると、いろいろなことが思い出されて、話に花が咲きました。
神田さん、お互い身体に気を付けてこれからも頑張っていきましょう!


【卒業生インタビュー 神田直美】 映像翻訳(字幕翻訳・吹替翻訳)にご興味のあるみなさま
映像テクノアカデミアの映像翻訳科では、映像翻訳(字幕翻訳・吹替翻訳)のプロを目指す方のために、基礎から応用レベルまで第一線で活躍中の翻訳者が丁寧に指導いたします。また、「本科」「専攻科」「プロクラス」修了者がトライアル審査をクリアすると、東北新社から仕事が発注され、幅広い分野の映像翻訳の経験をつむことが可能です。