<a href="/instructor/">講師ラインナップ</a> 山本憲司

講師ラインナップ

自分の「好き」を見極める、ということ。

山本憲司

(株)東北新社  CMディレクター

自ら編集を行って演出と編集を一体化したスタイルで数多くのCMをつくり、最近では他のジャンルにも手を広げ従来のCMディレクターの枠にとらわれない作風で異彩を放つ。


CMディレクターと一口に言ってもいろんな人がいると思います。 僕は学生の頃は特に広告に興味を持っていたわけでもなく、自分が広告業界に入るなどとは思っていませんでした。広告が大好きで学生の頃から広告研究会に入っていたような方々がいらっしゃる一方、僕は東北新社に入るまでCMは普通の視聴者として見 ていただけで、まして広告というものを勉強したこともありませんでした。
きちんと勉強したことがないので今でも試行錯誤&四苦八苦の日々です。
これから広告業界を目指そうとしているあなたから見たら不思議かもしれません。広告に興味も持ってなかった人間が、どうしてCM制作会社に入ってCMを作るようになったのか。でも僕の中ではCMは自然に流れ着いたものでした。
参考になるかわかりませんが、そんな僕のことをちょっと話してみます。


僕が物心ついて、大人になってこういう職業につきたいと思った最初の記憶は「怪獣の中に入る人」でした。毎週毎週模型のビルを壊すのが楽しそうだなあとテレビを見て思ってたんですね。5、6歳の頃です。それで怪獣の着ぐるみを作りたかったんだけ どできず、せめてもということで新聞紙をセロテープで固めて怪獣の尻尾を作り、お尻に輪ゴムで固定して、怪獣なりきり遊びをひとりでしている、そういう子供でした。
その後は人形劇の人形師とか、引田天功(初代)に憧れて脱出マジックのトリックを作る人とか......なりたい職業はいくつか変遷を辿るわけですが、そこには一貫したものがありました。
それは、何か楽しい仕掛けをして人をびっくりさせたり笑わせたりする、しかもそれを自分が表舞台に立つのではなく舞台裏から観客が喜ぶのを見ている、そういうことをやりたいとずっと思ってきたということです。
なので、中学生の時に8ミリ(ビデオではなくフィルムです)に出会い、映画という媒体に惹かれていったのは当然といえば当然でした。


大学の時に5分の8ミリ映画を撮り、それでぴあフィルムフェスティバルで最優秀作品賞という賞をもらいました。
長編映画と違って、短編はアイデアとオチが勝負です。ちなみにその作品は写真とナレーションだけで構成された、8ミリ映画としてはちょっと変わったものでした。で、ここが若気の至りなのですが、その一本の短編がうまく行ったことで自分の志向がな んとなくCM的なものと近いんじゃないかと勝手に思ったんですね。
でもその時点の僕にはCM=広告を作るという意識は全くなく、ただ面白い映像を作りたいと。その場としてCMを借りる(大変失礼な話ですが)という気持ちしかありませんでした。
そして東北新社に入社し、お給料をもらいながら仕事の現場の中で広告を知っていくということになるわけです。


僕の師匠は中島信也さんなのですが、中島さんには特に具体的に何を教わったという記憶は実はあまりなく、ただ、覚えているのはCMの仕事を"作品"と呼ぶと、"作品じゃない!"と言われることでした。
当然ですが、広告は自己表現ではなくクライアントの欲しているものを作るわけで、それはつまり"作品"ではないわけです。美大出の8ミリでちょっと賞をもらったぐらいの学生気分の抜けなかった若者には、それだけでも目から鱗でした。
続いてついたのは岡田隆さんでした。岡田さんで印象的だったのは、広告なんて虚業だ、という言葉でした。
実際にものを作って売る人たちと比べれば、自分たちなど何も生み出していないと。具体的なものではなく空気みたいなものを売っているわけで、そこに引け目を感じながらCMを作っていると言うのです。
なぜそれらのことが印象に残っているか。たぶん広告のコの字も知らなかった僕にとってそれが何か広告の本質をついた言葉に思えたからなんじゃないかという気がします。


広告とは、まずクライアントとその商品があり、それを売るというテーマをもって表現物を作るということです。
商品(またはイメージ)を売るためのツールなので、その表現がどうして有効なのか、そこには理屈が必要です。
コンテをとってみても、ひとつひとつのコマには理屈が必要で、意味のないコマというのは入る余地がありません。


最初の頃はただ自分が面白いと思うコンテを思いつくままに書いていたのが、段々仕事がわかってくると、その、理屈と表現の兼ね合いの難しさに悩むようになりました。
ある商品の広告の企画を立てるのに、オリエンシートをよく読み商品のことを十分に知るというのは基本ですが、理屈のままではもちろん考えが飛躍しません。理屈を起点にしても表現というのは論理的には出てこないのです。
表現というものが面白いのはそこのところで、一人ひとりの人間から出てくるものはすべて違っていて、それは何かというと、結局丸裸になったその人自身が出てくるのです。
そして自分以上のものも以下のものも出ません。
だから僕は、自分の好きなこと、こだわり、自分自身のことをまずよく知る、ということがとても大事だと思っています。
それは自分の芯のところにある一番原始的な何かを掴む、ということです。


自分自身のことをよく知るべきと思うのは、企画のアイデアを考えることだけではありません。 僕はCMディレクターになってこの方、編集も自分で行ってきました。場合によってはCGやアニメーションも作ったり自分で撮影をしたりもします。大きなバジェットで分業の確立しているCM界では珍しいほうだったと思います。でもそれをやりたくてこの仕事をやっていると言っても過言ではないので、僕はずっとそういうやり方でやってきました。
そしてここ10年ほどでデジタル機器が進化して素人でも安価に高品質な映像が作れるようになると、制作環境がどんどんパーソナルな方向に向かっているという流れがあって、これからはそういったやり方が主流になってくるのではと言われます。 別に戦略的にそういうふうにやってきたわけではなかったのですが、たまたま僕がやっていることが世の中のほうから近くなったわけです。 僕はさらに、CMにとどまらずPVを撮りシナリオを書いたりもします。ほかからするとおそらくあっちこっちに手を出しているように見えると思うのですが、僕自身は本質的には怪獣の中に入る人になりたいと思っていた頃と変わっていないと思っています。 つまり、時代の潮流や変化に合わせていくことも大切なのですが、それは不確定なもの。自分の一番コアな部分にあるものを捉えておくというのは、流されず翻弄されない自分を作ると思うのです。


これからあなたも広告の世界に足を踏み入れれば様々な状況があると思いますが、まずは自分自身に問いかけてみてください。
自分は何が好きなのか、何にこだわっているのか。
そうすればきっとよい道が開けるのではないでしょうか。

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