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【No.2】「画家と庭師とカンパーニュ」を翻訳して

谷津 真里 2000年3月 映画翻訳専科卒業
映像翻訳者
【 作 品 歴 】
放送
吹替作品 「ドリュー・ケリー DE ショー」「にんじん」「ナイトヴィジョン」 「炎のテキサス・レンジャー」 ディズニー作品多数 他
ビデオ・DVD
吹替作品 「007ユア・アイズ・オンリー」「ドリーム・ガールズ」「コッポラ・胡蝶の夢」
「キングダム/見えざる敵」 「ギター弾きの恋」「あるいは裏切りという名の犬」
「舞台よりすてきな生活」「アクロス・ザ・ユニヴァース」「マイ・ブルーベリー・ナイツ」
「画家と庭師とカンパーニュ」 他多数


谷津さんは映像テクノアカデミア2000年3月の卒業生です。
従って、かれこれ10年弱の映像翻訳歴を持つ、業界ではすでに中堅どころの位置を占めている翻訳者と言えるでしょう。映像翻訳を志望するおおよその方がそうであるように、谷津さんも子供の頃から映画を好きになり、色々な理由からフランス留学まで果たし、その後この道を選ばれました。
そんな谷津さんに留学の経験や動機などを交えながら、フランス映画「画家と庭師とカンパーニュ」の翻訳世界について尋ねてみました。



cICE3 - KJB PRODUCTION - STUDIOCANAL -
FRANCE 2 CINEMA - RHONE-ALPES
CINEMA-2007/WISEPOLICY



「画家と庭師とカンパーニュ」あらすじ
都会で活躍していた画家が、華やかな暮らしに疲れて、故郷の田舎の家に戻ってくるところから物語りは始まる。
荒れ果てた庭を元にもどすため、画家は庭師の募集をし、そこに画家と同年代の中年男がバイクで現われる。2人はお互いの顔に見覚えがあった。それもそのはず、幼い頃いたずらにあけくれた仲良しコンビだったのだ。

画家の方は、いたずらが過ぎて退学になった後、美術の道へ進みその才能を開花させ、一方は義務教育を終えて鉄道員になり退職、昔から希望の庭師として働こうとしていた。二人は、社会的な地位で言えば大きな差があるにもかかわらず、素のままで付き合える気の置けない友として、毎日のように行き来するようになる。無駄話をしながら、互いの暮らしぶりを知っては刺激を受ける二人だったが、派手な世界に生きてきた画家にとって、庭師の素朴で温かい生き方はささくれだった彼の心を潤してくれるものだった。

やがて庭に素晴らしい菜園が出来上がり、画家は庭師のおかげで穏やかな田舎暮らしを満喫していた。しかしその矢先、かねてから腹痛を訴えていた庭師が目の前で倒れる。画家は知り合いの医者にたのんで、緊急の手術を受けさせるがもはや手遅れの状態だった。庭師は退院し、残された時間を画家と釣りに行ったり、庭仕事をして、自分らしく過ごす。そして画家に自分が好きだった物を絵に描いて欲しいとたのむ、それは湖の鯉、畑の野菜、身の回りの道具や彼自身の奥さん等だった・・・・・ (谷津翻訳台本からの要約)


インタビュアー(以下「I」と省略):
光と生命感にあふれる、見ていて思わず微笑んでしまう作品なのですが、このようなタイプの作品は好きですか?

 谷津:文句なし!大好きです!(笑)


I:もう少し具体的に説明していただけませんか、たとえばどのようなところが好きだとか・・・・

 谷津:ひとことで言うのは難しいですよ・・・・・でも、おっしゃる通り、やっぱり命あるもの全てに対し、愛にあふれた作品だと思うんです。


I:そうなんでしょうね、たぶん誰もがこのような印象は必ず持つと思います。それほど光あふれる画面の印象は際立っていると感じました。でもよく見てゆくとこの作品、厳密に計算されていて、監督のジャン・ベッケルの特徴も濃密に出ていると思います。谷津さんが翻訳をやられて、悩まれたところ、ここが一番の勘所だと思われたこと、教えていただけませんか。

 谷津:びっくりすると思うんですけど、この作品主人公の二人が喋りまくっているんです。そうは思わないでしょう・・・・でもほとんど二人の会話なんです、こんな会話だらけの作品訳したことが無いっていうくらい!


I:・・・・??

 谷津:信じられない!っていう顔されているでしょう(笑)、普通なら会話が少し途切れて音楽で流すとか、風景が入るとか・・・いろいろありますよね、この作品こそ光のあふれる風景とか、音楽が充満していると思うでしょう・・・・そんなことまったく無いんです、二人で喋り続けているんです。

I:ハハハハ・・・見ていて全然そんな風には思いませんでした。のっけからこのような事を聞くと、目が点になりますね(笑)。

谷津:たぶんこの点が一番の問題だと思いました。はじめてこの作品に接し、フランス語で見たときは、会話の多さは感じないんです。印象はやはり田舎の光とか、緑の多さ・・・・そう、光の温かさまで感じるんです、画面を見ているだけなのに。訳しはじめてです、なんだこれは!こんなに喋っているじゃないか!ってびっくりしました(笑)。だから日本語版でも会話はうるさくしてはいけない、自然な会話にしなくてはいけない、まず光だ、光の温かさだ、それを感じさせなくてはいけないと心がけました。


cICE3 - KJB PRODUCTION - STUDIOCANAL -
FRANCE 2 CINEMA - RHONE-ALPES
CINEMA-2007/WISEPOLICY



I:でも・・・「自然な会話」とか「うるさくない会話」っていうのは、翻訳者ならだれでも心がけようとすると思います、第一「自然な会話」と言っても、その中味はさまざまであるし・・・・

谷津:そうなんです、何が自然かということは問題としてあるんですよ。でもこの作品の中味、つまり主人公二人が幼馴染の悪童仲間であるということ、そして大人になって再会してからもお互い心を許して、尊敬し合っていること、こんな関係が会話の基本線であることが前提になると思います。

だから・・・・あるときは悪童仲間のような会話であるし、あるときは大人として心を許しあった会話になるし・・・そうですね・・・まず心がけたことは原音のニュアンスを正確に理解して、そのテンポを壊さないこと。お互いがよく知った仲として、会話を自然に流すため、主語をあんまり繰り返さないこと・・・うっとおしくない会話にする・・・なんだか説明すらも難しくなってきました(笑)・・・・


I:難しくなる要素に、悪童仲間としての関係と、何十年間の空白の後で大人になってからの関係と、二重の関係があるから・・・ということなのでしょうか?

谷津:そうなんですよ(笑)。とくに悪童仲間として村のことなら当然知っていなければならない事柄だから、説明抜きの会話があちこちに出てくる・・・・突然「あの爺さんが・・・・」とか出てきて、どこの爺さんだ?誰のことだろう?って、分からないんです。でも村の様子を話しているうちに、だんだんつかめてくる・・・・そのくらい話が飛ぶんです。主人公二人にとって当然なことが、私たちには分からない、でも会話を自然に流していけばやがて分かってくる、そんな所はいくつもありました。

I:繰り返しになりますが、この作品を見終わった印象からは、台詞の多さは全くといっていいほど感じませんでした。だからまずは谷津さんの意図は成功されているのではないでしょうか。

谷津:そう思われますか?良かった!!(笑)

I:しかしながら・・・・もう一度質問を最初に戻します(笑)。会話の多さを感じさせないくらいの自然な会話、つまり悪童仲間であり、大人になって再会した二人の人物の自然な会話とは、リアリティー作りの面から見るとどうなんでしょう?谷津さんが苦労されたことって、人物や会話のリアリティー作りにかかわってくることじゃないのでしょうか・・・理屈っぽい話になって恐縮ですが(笑)・・・・このような点から、もう一度「自然な会話」についての説明をお願いしたいのですが・・・・

谷津:本当に難しい話になってきました(笑)・・・・どう説明したらよいのか(笑)・・・(暫く考えて)・・・・キャラクターが典型的な作品、たとえばヒーロー物とかアニメーションなんかはまず先にキャラ設定を明確にします。典型であればあるほど、作品の姿は明確になると思います。

でも今回のような作品は、庭師は朴訥に画家は知性的にというような、前もっての設定は出来るだけ避けました。リアリティーということになると、人間の色々な面を考えに入れなくてはなりません。だから朴訥な庭師だからと言って、頭が悪いとかでは絶対なく、知性的な面はちゃんと持っている、それも物事をよく知っているとか知識が豊富だとかいうことではなく、生きる上での知恵のようなものです・・・

逆に画家は都市の生活者で洒落者ではあるけど、すごく素朴な面を持ち、打算的なことがきらいで、感性の豊かな温かい面を見せる・・・・それぞれが色々な面を持っているので、統一的な視点からの台詞作りは避けるしかないんです。むしろ逆に台詞を作りながら人物のリアリティーを作っていく・・・・だから台詞を一つ一つ積み上げることによって、人物像が浮かび上がってくるような感じでした。

オリジナルの台本がとても良かったので、それに乗せられたとは思うんですけど(笑)、台詞を作ったあとでは、しつこく何度も読み返して、研磨作業を繰り返しました。


I:「自然な会話」作りの舞台裏がだいぶ見えてきました(笑)・・・・

谷津:今回の作品であらためて納得したんですけど、会話っていつもキャッチボールしているとは限らないんですよね。言いっぱなし、投げっぱなし、時には自己満足から自分のことだけ喋っているとか・・・・電車の中でとか、酒場でとかそんな会話は現実にはあふれているわけですよ。だからリアリティーということでは、この種の会話もリアルなんでしょうね。

この作品にもにも"投げっぱなし"なんかがときどきあって、それがまた良い味を出しているんです。そのような意味で、さっきの台詞「あの爺さんが・・・・」なんて典型ですね。


I:今のお話を聞くと、あの悪童仲間の主人公たちだと、"投げっぱなし"はさもありなんと思います(笑)、そんな想像は微笑ましくなってきます・・・   ところで、"投げっぱなし"で思い出したんですけど、庭師が自分の女房のこと「奥さん」て言うでしょう。画家がどうして「奥さん」なんて言うのだという質問に庭師は答えなかった・・・・ここら辺の展開はとても印象に残っています。どうして「奥さん」なのか教えていただけませんか。

谷津:「奥さん」という呼び方は、私はこの作品のかなり本質的な部分だと思っているんです。この部分の台詞、たとえば英語で言うと「The Lady」というように「The」になっているんです。普通だったら「My Lady」、フランス語なら「Ma Femme」となるんですけど、この呼び方だけは「La Femme」となっているんです。

I:すみません、オリジナル台本はフランス語ですか?そこをお聞きしていなかった(笑)・・・・・・


谷津:フランス語です。


I:中断させてしまいました・・・続けてください。



谷津:で・・・・庭師にとって自分の連れ合いを「La Femme」と呼ぶことは、彼にとって女は彼女しかないんでしょうね、唯一無二の存在と思うんです。だから自分が旦那で彼女が奥さん、尊敬の意味も含まれているかも知れませんがこれが絶対で当たり前、もっと言えば形はどうであれ生活は当たり前、結婚も当たり前、生涯連れ添うのも当たり前、田舎で鉄道に勤め、リタイアしてから庭師として根っこを張って生きている・・・・そんな人間だから、どうして「奥さん」かと聞かれても、当たり前すぎて答える必要がないんだろうなと思いました。

I:ということは・・・・庭師も含めた村の人たちがバカンスでロワイヨンやニースに行くでしょう、そして海岸で毎年決まりきった過ごし方をして、決まりきった楽しみ方をする、ある意味パターン化している・・・・これも当たり前の生活の一つなのでしょうか?

谷津:多分そうだと思います。庭師にとって、そんな繰り返しが疑問も持たずとても楽しい・・・・彼の描かれ方の一つ一つを見てゆくと、本当になんの変哲もない自分のまわりを慈しんでいる・・・・土地を慈しみ、畑を慈しみ、奥さんを大事にする、ずーっと変わらない、ゆるぎないんです。普遍と言ったらいいのか、このぶれのなさ、とっても味わい深い作品だと思いました。

I:この作品、主人公の二人どちらがメインかと考えると、原題があらわしていると思うんです。原題は「Dialogue avec mon Jardinier」で、これを直訳すると"私の庭師との会話"という訳になります。つまり主役は画家で、庭師に影響されて変わってゆく画家・・・・この作品はそんな視点で作られていますよね。


cICE3 - KJB PRODUCTION - STUDIOCANAL -
FRANCE 2 CINEMA - RHONE-ALPES
CINEMA-2007/WISEPOLICY




谷津: たしかに作品構成上の主役は画家です、でも本当のメインは庭師だと思っています。「死んだら根っこになりたい」という庭師の台詞があります、また「空は迷うけど土の下は迷わない」とかも・・・・とにかく彼の動く範囲は地元、狭いかも知れませんが、意識の宇宙とか世界は深くて広いんです。

これに対して画家の方は都会で活躍して経験も多いし、世界ははるかに広い、芸術家として物を見る感性も充分持ち合わせ、人に影響をあたえることも出きる、でも逆に庭師に深い影響を受けてしまうんです。だって画家として自分の世界をもう一度作り直すことができて、個展まで開けてしまう、全部庭師との友情のおかげでしょう、だから隠れた本当の主役は庭師であると思うんです。


I:谷津さんは作品の解釈、たとえば今言われたような解釈・・・・・いや、理解と言いかえましょう、作品を理解されてから翻訳をされるんですか?

谷津:たぶん色々だと思います(笑)。でも順番をあえていうならば、最初は感動するんですよね、そしてその感動についていろいろ考えてみます・・・・   あとは実際の翻訳作業になってやりながら考えたり・・・・終わってから、もう一度あらためて読み直して、推敲して、その時、ああこういうことだったのかって理解することもあるし、やっぱり色々ですね(笑)。

I:質問を少し変えさせてください。物語のほとんど最後に、突然モーツアルトのアダージョが出てきます。庭師が病の体を横たえながら菜園の世話をしている、たぶん庭師は自分がどうなるか分かっていると思えるような場面です。次のカットでは決定的な場面がおとずれる・・・・とても印象的なシーンで、何度見直しても胸にせまるものがあります。直接翻訳には関係はないのですが、谷津さんの感想は如何ですか?

谷津:庭師は自分がかけている音楽が、モーツアルトって知らないんですね。ただ眠たくならないために聞いていた、と言っています。そしてこの音楽をバックにして先ほどの「空は迷うけど、土の下は迷わない、根っこを辿ればいいんだ・・・」という台詞が出てくるんです。

だから・・・・希望の世界へ行くための、導きの音楽のような感じさえします。たしかラストシーンまで音楽は続いていったと思います・・・・・音楽が流れる箇所は他に一箇所だけ、本当に音楽の少ない作品だけに印象的なシーンですよね。


I:あの音楽はたしか、クラリネットの協奏曲でモーツアルトのだいぶ後期の作品だと思います、つまり悲劇的な印象が濃くなっている・・・・悲劇的な場面でもあるんですが、残った緑あふれる菜園、個展に出品された庭師の影響が濃く出ている絵の数々、あれらを見ると悲劇が逆に豊穣な世界を産んだという感じさえするんですよ。

谷津: そうなんです、この作品全体にある光と命にあふれた印象が生まれてくるのは、このようなところからなんだと思います。

I:今日、谷津さんに舞台裏の苦労話をいろいろおうかがいして、思ってもみなかったことばかりを聞いたような気がいたします。ただ単純にそばで見ている者と、実際に翻訳して作品の中に入られている人とは全く違う!!当たり前のことなんですけど(笑)・・・・・作業をし終わってから、作品の印象について、最初とちがったというような事ありますか?

谷津:(再び暫く考えて)・・・・台詞作りについてのあれこれは別として(笑)・・・オリジナルの脚本がすごくしっかりしたものだったんです。もちろん日本語にする時に、こちらも工夫して考えなければならないんですけど、基本的にこのような台詞にはこう返すみたいな、流れるような感じがあって、翻訳していてもとってもやり易かったんです、脚本のよさは秀でていました。だから・・・翻訳し終わったときは、愛着はうんと増していました!!(笑)



I:これはいい脚本だ、これは悪い脚本だとかを、プロになって、いつごろから意識されるようになりましたか?

谷津:これも難しい質問です!・・・・・アカデミアを卒業してから、無我夢中でやってきて・・・・・プロとしてなら、こんなこともあんなことも出来なくちゃいけないと思いながら、訳すのに精一杯という時期がだいぶ続いたと思います・・・・そうですね、4年ぐらい経ってから、なるべく客観的に客観的にと仕事をやるようになったあたりからでしょうか、意識し始めたのは・・・・・


I:わかりますね、つまり翻訳者の皆さん、特に新人の方たちほとんどが締め切りに追われているわけですよ、とにかく一心不乱に仕上げるのに精一杯、だから・・・・"プロになる"という条件の一つは、周りが少しでも見えるようになる、元の作品をそれこそ鑑賞とでも言ったらよいのか・・・・楽しみ味わうことが可能になったときと、言えるのかも知れません。 さて、最後の質問をさせてください。谷津さんがこの職業に進まれたそもそもの動機を教えていただけませんか?作品を翻訳する以前、それもずっと以前の質問にさかのぼってしまって恐縮なのですが・・・・

谷津:ずいぶん以前にさかのぼりましたね(笑)・・・・とつぜん質問が変わってしまって、どうお答えしたらよいのか・・・・・漠然となんですけど、学生の頃からやってみたい仕事ではあったんです。もっと言うと同じジャン・ベッケル監督の「クリクリのいた夏」を翻訳された森さんの名前、小さい頃から知っていたんです。

I:今日のインタビューは驚くことばっかり!!!(笑)子供でも作品の名前を知っているのは当然ですけど、翻訳者の名前まで知っているっていうのは珍しい・・・・・(笑)

谷津:森さんの代表作の「大草原の小さな家」、あれが好きで、好きで、翻訳が森ミサ(注)って出てるでしょう、こんな素敵な仕事があるんだって思っていました。

* 注:森ミサ・東北新社を中心に長年活躍されている映像翻訳者  代表作:「大草原の小さな家」「宇宙家族ジェットソン」「風と共に去りぬ」「旅情」「サウンド・オブ・ミュージック」「スタンド・バイ・ミー」「レナードの朝」「チップス先生さようなら」「郵便配達は二度ベルを鳴らす」他多数
「クリクリのいた夏」はジャン・ベッケル監督作品、森ミサさん翻訳でNHK放送用として日本語吹替版が制作されている。



I:「大草原・・・」を好きになったことが直接のきっかけだったんですか?

谷津:違います、それは映像翻訳にあこがれた遠いきっかけで、そのあと家族の都合でアフリカのコートジボアールに住んだんです。このためでしょうけどヨーロッパとくにフランスに興味を持って・・・・そんなこんなでフランス文学を専攻して、卒業してから留学までしてしまいました。

その頃だったでしょうか・・・・将来、つまり翻訳家になるんだったら・・・・を考えて、とにかくパリで映画を見まくりました。今考えると笑ってしまうんですけど、映画の翻訳はヒアリングでやるものだと思っていましたから(笑)、語学を習う面からもいいし、だから特に真面目に??取り組みました。


I:・・・・・聞けば聞くほど飛んでいるというか(笑)・・・・

谷津:もっとびっくりしますよ、この道に入った一番のきっかけは、講師の岡田壮平さんにアカデミアを薦められたからです。偶然だったんですけど、住まいが隣同士でした。

I:(ア然!!)今日一番のサプライズです(笑)、今日はありがとうございました!!

画家と庭師とカンパーニュ
CONVERSATIONS WITH MY GARDENER

【価格】4,980(税込)
2006年作品/カラー/本編:約109分/画面:シネスコ/片面2層

【発売・販売元】㈱ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

【音声】
ドルビーデジタル/5.1chサラウンド/オリジナル(フランス語)
ドルビーデジタル/5.1chサラウンド/日本語吹替

【字幕】日本語/チャプター付

【映像特典】
○製作の舞台裏
○インタビュー集(3種)
○オリジナル劇場予告編集
○日本版劇場予告編

【初回限定仕様】アウターケース&ポストカード付

【【No.2】「画家と庭師とカンパーニュ」を翻訳して】映像翻訳(字幕翻訳・吹替翻訳)にご興味のあるみなさま
映像テクノアカデミアの映像翻訳科では、映像翻訳(字幕翻訳・吹替翻訳)のプロを目指す方のために、基礎から応用レベルまで第一線で活躍中の翻訳者が丁寧に指導いたします。また、「本科」「専攻科」「プロクラス」修了者がトライアル審査をクリアすると、東北新社から仕事が発注され、幅広い分野の映像翻訳の経験をつむことが可能です。