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【No.3】「ガールフレンド・エクスペリエンス」を翻訳して

鈴木 吉昭 2000年3月 映画翻訳専科卒業
映像テクノアカデミア 映像翻訳科学科主任
【 作 品 歴 】
字幕翻訳
「サブリナ」「俺たちに明日はない」「めまい」「パリの旅愁」
「デュエリスト―決闘者―」(以上NHK)
字幕演出
「ルド and クルシ」(劇場)「ティファニーで朝食を」(NHK)
「旅情」(NHK)「DEATH NOTE」(英文字幕)


今回は、2009年外画制作事業部よりテクノアカデミア映像翻訳科の学科主任になった鈴木さんにお話を伺います。
タイトルは「ガールフレンド・エクスペリエンス」、スティーヴン・ソバーダーグ監督の最新作です。
鈴木さんはテクノアカデミアの2000年3月の卒業で、卒業以来外画制作事業部演出部字幕課で翻訳と字幕演出を続けてきました。いわばDVD時代の幕開けから今まで、字幕課の屋台骨を担ってきた映像翻訳者です。
そんな彼が、今回のような難しい作品をどのように翻訳したか、詳しくうかがってみました。




(C)2009 2929 Productions LLC,All rights reserved.


「ガールフレンド・エクスペリエンス」あらすじ
アメリカ大統領選を控えた2008年秋のニューヨーク。人々はその年9月のリーマン・ブラザースの倒産からおきたウォール街の混乱について語り、やがて来るかもしれない世界大恐慌を恐れはじめていた。
マンハッタンで高級エスコート(コールガール)をしているチェルシー(サーシャ・グレイ)は、エリート達を相手にセックスだけでなく、本物の恋人であるかのような時を過ごす経験を提供することで1時間$2,000を稼ぎ出し、その世界でゆるぎないポジションを獲得していた。彼女は、「中締め」がいて客に派遣されるという方法ではなく、自分自身が経営者として自分を売り出すという新しい売春ビジネスを行っていた。
たとえ短い時間でも顧客たちの理想の「ガールフレンド」を演じるため、最先端のおしゃれを心がけ、自分を磨く投資も怠ってはいない。顧客の男性達の求めに応じ、瀟洒なレストランで食事をし、彼らの話に耳を傾け、要望があれば高級ホテルでベッドを共にする。
大恐慌が始まろうとするこんな時代においても彼女の仕事は順調で、彼女の仕事を理解する恋人のクリスと共にマンハッタンの高級アパートで暮らしていた。
エリート相手のスポーツジムでパーソナル・トレーナーをしているクリスは、チェルシーとは逆にビジネスの行き詰まりを感じていた。ある日顧客からラスベガス旅行に誘われたクリスは、この旅行をチェルシーに告げると、二人の関係はぎくしゃくし始める。
そんなある日、チェルシーに相性がぴったりの客との出会いが訪れる・・・・・
(劇場公開時パンフレット「STORY」より抜粋)


インタビュアー(以下「I」と省略):同じソバーダーグの「セックスと嘘とビデオテープ」(以下「セックスと嘘・・・」という)はご覧になりましたか?

鈴木:見たなんていうレベルではなく(笑)・・・・・ソダーバーグは大ファンなんです、中でもあの作品は僕の一番好きな映画です。

I:そうなんですか(ビックリ!)・・・・とすると今回の翻訳は神と出会ったような感じ?(笑)・・・・

鈴木:言えているかも知れません(笑)

I:「セックスと嘘・・・」も筋がなく、キャラクターのわからない登場人物のオンパレードですか?

鈴木:いえ、もう少し筋はあるかな(笑)・・・・共通していることと言えば、人間の関係性というか、それぞれの距離感みたいなものを描いているところですかね。時間軸は少しずれているところもあるんですけど、ここまでばらばらじゃない・・・・

I:この作品はたぶん意識的に監督がそう作っているんでしょうね、時間はばらばら、だから通常の意味での起承転結はない、登場人物のキャラクターも無個性、ほとんどない・・・ストーリーの中でだれが重要かなんてもまるでなし(笑)・・・・・ないない尽くしで翻訳は大変だったでしょう?

鈴木:一番最初に観たときは、正直言って"困った!"って思いました(笑)、だいたいから台詞の音レベルが周りのSEやガヤと一緒で、喋っている英語がよく解らない・・・・

I:ハハハハハ・・・

鈴木:ストーリーがはっきりしていない、つまり時間通りにストーリーが運んでいれば、英語だって解るんですが、そうじゃない・・・・でも何度か見直して、自分の中で構成を組み立てなおすと、見えてくるものはあるんです。


(C)2009 2929 Productions LLC,All rights reserved.
I:見えてくるものは言うまでもなく、この作品の本質についてだと思うんですが、そこらへんをもう少し詳しくお話いただけませんか。

鈴木:二度目を見て、パズルのように色々なシーンをつなぎ合わせて、あれこれ考えると、この映画がとってもよく計算されて作られていることがわかります。そして印象は、実体のある人間のいない薄ら寒さ・・・・これが見終わった後、強烈に出てきますね・・・・


I:確かに!時間がばらばらにされ、シーンが細切れにされ、人物も細切れに され、だからなんでしょうけど人間は実体を持てず蠢くだけ、そのイメージはゾクゾクくるものがあります。

鈴木:登場人物の中でかろうじて人格、というかキャラクターですね、それを持っているのはコールガールである主人公のチェルシーとその恋人、そしてチェルシーにインタビューをしている老人ジャーナリスト、この3人です。

特にジャーナリストのインタビューシーンは頻繁に出てきます、つまりこの作品は、このインタビューで語られていることがそのまま映像になったドキュメンタリーだと思われます。もちろん、ドラマなんですよ、役者が演じている作り物のドラマなんですが、ドラマをドキュメンタリーの世界すれすれまで解体してしまい、ほとんど現実だと錯覚してしまう世界、これがこの作品の基本です。

つぎに、先程来言われているドラマの中の時間を切ってしまい、シーンの前後逆転がいたるところにある、登場人物も特別なキャラクターを持っていなく、ニューヨークという街に棲息するだけ・・・・


I:ハハハハ・・・棲息ですか

鈴木:そう、棲息です、生活じゃない(笑)・・・・だからこそ、薄ら寒さを感じるんです。だいたいから、ジャーナリストをのぞいて、おっしゃるように登場人物は生活する人間としての実体は何もない、見事なほど何もない(笑)・・・・

主人公のチェルシーはその場限りの人間関係で稼いだお金で、高級ブティックに行ったり、おしゃれなホテルに出入りしたり・・・・客は客で金融や投資なんかで夢中に時間を過ごしている、そして不安や悩みを解消するためエスコート嬢を呼ぶ・・・・ファッション性にあふれ、お金をたくさん持っている人間ばっかりが出てくる・・・・ところが人間の実体が感じられない。

ジャーナリストがチェルシーに色々なことを聞きますね。でも質問の大事なポイントに来ると、チェルシーは心を閉ざしてしまいます。心の中には何かありそうなんですけど、私は逆になにもないんじゃないかとさえ、思ってしまうんです。



(C)2009 2929 Productions LLC,All rights reserved.




I:でも、弱った素顔を見せる場面もあるじゃないですか・・・・郊外のホテルでの約束を客に振られて相当落ち込んでいましたし、別の客にはいやなことをされて、また別の客に相談に行ったり・・・いろいろ人間的なところを見せているようには感じるんですけど・・・それに、ジャーナリストも「君の内面を知りたい」なんて言っているでしょう、その問いにチェルシーは応えなかったですけど、あるようには思えるのですけど・・・・

鈴木:そりゃ、仕事の上での悩みはだれでも持っているでしょう、投資家の大騒ぎ、悩みなんかはほとんどと言っていいくらいの場面に出てきますよね。
彼ら、彼女らはみんな仕事というか・・・それよりももっと大きな、なんと言ったらいいのか・・・・利益を得るために、あるシステムのようなものに突き動かされているだけのような感じがするんです。何かに突き動かされている・・・ただそれだけ、だから実体が無い。

だいたいから・・・・客はエスコート嬢の悩みなんか本当のところは知りたくもないでしょう。必要なのは満足するサービス、チェルシーもこのことはよく知っていて、悩みを押し殺し、やがて忘れて次から次へと客を渡り歩く、そして語るべきことは何もなくなる・・・・

だから、ジャーナリストの「内面を知りたい」という質問は、内面がないということを浮き彫りにしてしまう逆説のように思えます。高級エスコート嬢の本当の姿なんて何もない・・・・とすると、こんな世界ではキャラクターなんか無くていい、監督はむしろそれを表現したかったんじゃないかと思うんです。
そのリアリティーがとってもよく出ている・・・・だからその意味ですごい作品だなと感じました。


I:わかりました、おっしゃっていることがよく分かりました。
としますと、こんな作品の翻訳はどのようなコンセプト、つまり・・・どのような考えで翻訳をしなければならないのでしょう?

鈴木:いよいよ、質問が難しさの胸突き八丁に来ました!(笑)・・・・
何度も言いますが、この作品は一般的な・・・・つまり出来事があってそれが最後は何らかの終着点に行く、そんな起承転結のあるドラマじゃありません。つまり、起承転結を伴う普通のドラマなら、必ずどうしても訳さなければならないメインストリームの台詞があります、つまり原因があり結果があり、筋を伝える台詞ですね。ところがこの作品にはない、時間が寸断されて一つ一つのシーンが積みあがっていかない、シーンが独立してそれぞれが重要度を持っている。

監督はそのシーン、そのシーン毎でニューヨークで浮遊している人間達の行動の一瞬、一瞬のリアリティーを追及しているのではないか、だからやたらな説明、解釈の翻訳はさける、むしろシーン毎の台詞がそのまま分かれば良いと考えました。


I:字幕翻訳はオリジナルの台詞の取捨選択です。独立したシーンの台詞だと何を捨てて、何をとるか基準がないから判断が難しいんじゃないでしょうか。

鈴木:そうです、特に飛行機の中で好き勝手に喋っているシーン、あれは難物でした。それにあのシーン、あれ全部アドリブですよね、好き勝手なことを喋っている・・・・決まった台詞は無かったんじゃないでしょうか(笑)。


(C)2009 2929 Productions LLC,All rights reserved.


I:強烈なシーンでした。この大恐慌の時代、チャーター機でラスベガスへの
大名旅行。機内での話題は投資だ、オンナだとか、大統領のこととか、そんな話を延々とくりひろげる・・・あの不気味さ、こりない面々ですよ(笑)。

鈴木:あそこでの台詞はなんの意味も持たないんです、喋ってはすぐ消えていく性質の言葉で・・・・極端に言えば、一つ一つの単語は何も意味せず、独立しているんです。だからかえってその意味が浮き立つ、「何千ドルの投資」という一言が、一瞬にしてあのシーンが欲望に満ちた人種の、なんの意味もない繰り言のシーンだと表してしまいます。だからヒントになる台詞だけ拾って字幕をつけました。

あえて取捨選択の基準というなら、必要以上に会話の内容がわかる必要はない、そのヒントになる台詞が全部を分からせ、その場のリアリティーを浮き立たせてくれる、その台詞は何かということでした。


I:飛行機のシーンはこの作品の中で、極端に象徴的なシーンだと思います。
しかしながら一歩引いて、こんなシーンがブロックごとに独立しているドラマでも、全体を通した最低限の情報は必要だと思うのですが・・・

鈴木:伝えなければならないことの一つ、それは主人公チェルシーがいろんな男に会って、"仕事"をしていることなんです。会っている人物が重なっていたり、別であったり色々なんですが、最低限そのことは分かってもらわないと困る・・・・つまりチェルシーは男と会ってセックスだけじゃなく、お話もする、ガールフレンドとして接するだけで終わる客もあるわけです。そのようにいろいろなクライアントの違いは出るよう心がけました。

I:先ほど言われた3人の主要人物については、なにかキャラクター付けを工夫しましたか?

鈴木:いえ、それはありえません。 もちろん性別、年齢そこらへんは基本ですよ(笑)、でもたとえばジャーナリストならジャーナリストらしい台詞、なんていうのは全く考えませんでした。そのような"らしさ"はリアリティーを損なうと思いました。

むしろ・・・・考えたのは、人物の間の関係性とでもいうべきもの・・・・主人公と恋人との関係、主人公とジャーナリストとの関係、お互いの位置取りが決まればおのずと台詞は決まってくると考えました。繰り返しますが、ドキュメンタリーと間違わんばかりのこのドラマは、各シーン一瞬、一瞬のリアリティーが命です。ニューヨークの有名なお店の看板や、外観がことさらのように出てきます。ここにエスコート嬢が出入りをして、商売を現実にしているかのようなリアリティーのためです。こんな作品に分かりやすくとか、必要以上の解釈は必要ありません。

どの映画にもいえることですが、特にこんな作品にこそ字幕はないほうが良い・・・・・(笑)


I:ハハハハ!この映画も過激ですが、翻訳者も過激ですね! 最後の質問に移らせてください、この作品のタイトルについてです。「THE GIRLFRIEND EXPERIENCE:ガールフレンド・エクスペリエンス」、これはガールフレンドであるチェルシーの経験ですか?それともガールフレンドを持ったお客の経験ということですか?どっちとも取れると思うんです。

鈴木:後者だと思います。チェルシーにエスコートサービスをしてもらった色々な客の経験、ガールフレンドを持ったような男の経験、ということだと考えます。さまざまなニューヨークの男の、数々のスナップショットということになりますね。

I:難しい作品を分かりやすくご説明いただき、今日は有難うございました。

「ガールフレンド・エクスペリエンス」
THE GIRLFRIEND EXPERIENCE

DVD発売中

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